【写真あり】天神講の由来とは?新潟には、お菓子を食べる習慣もある!

【写真あり】天神講の由来とは?新潟には、お菓子を食べる習慣もある!

2024年2月20日

新潟県では、2月の25日前後になると学校給食で「天神菓子」と呼ばれるお菓子が出されます。これは、学問の神さま・菅原道真(すがわらのみちざね)を祀る、「天神講(てんじんこう)」という風習からきています。

この記事では、風習の由来をご紹介し、新潟県をはじめ各地域で異なる「天神講」についてお伝えしたいと思います。

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「天神講」の由来とは? 

菅原道真 の生涯

「天神講」は、“学問の神さま”菅原道真をお祀り(おまつり)する習慣に由来します。
この風習が生まれた経緯には、長い長い歴史があります。まずは、菅原道真の生涯からふり返ってみましょう。

1. 菅原道真の左遷から、天神信仰が生まれるまで

 菅原道真(すがわらのみちざね)は、平安時代の貴族です。おさない頃から学問の才能を発揮して、学者としては最高位の文章博士(もんじょうはかせ)となります。
宇多(うだ)天皇から重用されるようになった道真は、政治の中枢で働くようになり、右大臣にまで上りつめます。

ところが、朝廷へ権力を集めようとする道真の考え方は、豪族たちの反発を招きます。とくに道真に敵意を持ったのが、藤原氏でした。

 昌泰(しょうたい)4年(901年)。左大臣・藤原時平(ふじわらのときひら)の陰謀により、道真は太宰府(=いまの福岡県)に左遷されてしまいます。

道真は都に戻ることなく、太宰府で一生を終えます。
道真の死後、各地で天変地異が多発するようになります。人々は、いわれのない罪で左遷された道真の祟り(たたり)ではないか、と考えるようになります。

朝廷は京都に北野天満宮を建て、道真の怨霊をしずめようとします。これが、天神信仰の始まりだと言われています。

2. 畏れられる存在から、祈願の対象へ

平安末期から鎌倉時代になると、道真の霊は怨霊として畏れられることは減ってゆきます。

むしろ、正直の神、和歌の神、戦での勝利祈願の神として、崇め(あがめ)られる存在になってゆくのです。

3. 各地に広まる「天神講」、やがて文化祭や展覧会のもとへ

天神信仰、文化祭の元へ

 菅原道真は生前、すぐれた学者であり歌人でした。

 江戸時代に入ると、寺子屋では「学問の神様」として道真をお祀りするようになります。

それが寺子の清書をはり出して展覧する習慣となり、明治時代になると、小学校で優等生が学習成果を発表させる行事へと変化してゆきます。現在の展覧会や文化祭の先祖、ということになりますね。

 『天神信仰』は、やがて各地で独自の発展を遂げてゆくことになります。

新潟県だけのイベント?天神菓子を食べる習慣

1. 新潟県の「天神菓子」

新潟県では、菅原道真の命日である2月25日前後に、給食で「天神菓子」が出されます。いったい、どんなお菓子なのでしょうか?

「天神菓子」とは、菅原道真公を形どった粉菓子のことです。落雁(らくがん=でんぷん質の粉に水あめを混ぜて着色したもの)の中にあんが入ったお菓子で、ピンクや白、黄緑やオレンジ色に着色されています。

下の写真は、2024年2月25日ごろに新潟市秋葉区にある「御菓子司 羽入」という和菓子店で買った天神菓子です。

御菓子司 羽入、天神菓子、新潟

左がタイの形をした天神菓子、右が菅原道真公を形どった天神菓子です。

手のひらよりやや大きく、ひとりで食べるに大きすぎるほど。粉菓子のやさしい舌触りは、“昭和”を思い出させてくれます。

(ひとりで食べようとしたら、甘すぎて1/3ぐらいで断念しました)

天神菓子は、毎年2月25日前のほんの数日だけしか売り出されません

(作り手が減っており、年中、店頭に置くような商品ではないそうです)

「御菓子司 羽入」では、他にも「笹団子」や「三食だんご」といった昔懐かしい和菓子が販売されています。お店は、JR信越本線の新津駅の近くにあります。

okashi-hanyu.com

 この他にも、燕市にある「あめやほんぽ」でも、2月20日前後に天神菓子が売りに出されるそうです。

tjniigata.jp

2.「天神菓子」の役割

 「天神菓子」は、子供たちの健康と学業の成就を願うものとして、現在でも製造されています。受験生がいる家庭でしたら、合格を祈願して食べることもあります。

※調べたところ、天神菓子は正しくは「金花糖」(きんかとう)と呼び、江戸時代からお祝いごとに用いられるようになった砂糖菓子のようです。

新潟の天神菓子を通販で買うことはできません。岡山の「山本製菓」が製造している「金果糖」は通販で購入できます。

こちらは「はっか味」。舌触りこそ似ているものの、新潟で食べる天神菓子とはちょっと違います。菅原道真のかたちをした天神菓子を食べたかったら、2月の20日前後に新潟県燕市に足を運ぶのが手っ取り早そうです。

地域で異なる「天神講」・・・福井・山梨県にも

 菅原道真を学問の神さまとしてしのぶ「天神講」は、各地で異なる風習として根付いています。それでは、他の地域では『天神講』にどんなことをしているのでしょうか?

1. 福井県の「焼きガレイ」

 福井では、床の間に元日から天神様の掛け軸を飾るそうです。そして、25日には焼きガレイをお供えします。

(出典:福井県立歴史博物館  on X)

お供えしたあと、この焼きガレイを食べます。子どもたちが病気にならないように、あるいは勉強を頑張って成果を出せますように、と願います。

2. 山梨県韮崎市では、「お天神講」という奉納行事

 山梨県の韮崎市では、紙に「奉納天満天神」と筆で書き、それを竹ざおに吊るして天神様のほこらに奉納しにゆきます。

 習字が上手になるように、という願いもこめられているのでしょう。

 お供えが終わったあと、みんなでケーキを食べたりゲームをしたりします。子どもたちにとって、楽しいイベントですね。

まとめ

 「天神講」の風習がいまも色濃く残っているのが、新潟・富山・福井などの県です。

 菅原道真が流された大宰府(=いまの福岡県)からずっと離れた地域で天神信仰が根付いているのも、何だか不思議な話ですね。